買われた娘は主人のもの

『主人』という人間

　彼の両親はいつも仕事で不在だったという。

　屋敷には昔から世話を見てくれる人たちはいたが、両親はやっと帰ってきても彼への将来の期待の言葉を掛けるだけ。

　両親の仕事を継ぐため、強く生きていくため、彼は両親のいない間も懸命に勉学や武道に励み続けていたらしい。

　両親はそんな彼の努力する姿も見ずに…


　そんな彼の両親は船で事故が起こり、二度と彼のもとに戻ることはなかった。

　小さな遺品と遺産だけが残り、彼の両親の仕事を支援していた者たちはみな、屋敷に残された人たちを見捨てて離れていったそう。

　彼の苦しみはどれほどのものだっただろう？

　残ってくれた人たちのためにも、すぐにでも屋敷を立て直さなければいけなかった彼。

　姿を分けたのはきっと、彼がこの屋敷のためにも前に進むため。

　彼は街の人たちから『仮面を着けた冷酷な主人』だと噂されていた。
　しかしそれは外の人たちに見捨てられた、彼の悲しみの姿だったのかもしれない。


「私は本当に愚かだ…こんなにお前が気になっていたのに、私のしてきたことはお前を傷付けることばかり…。両親を想う優しいお前に付け込むなど、私はなんと愚かなことを…」

　エイミは首を横に振り、彼のもとにそっと寄り添った。

「私が望んだことです。それでも貴方が好きですから…貴方のことをもっと知りたいから…」

　彼は今でも自分を望んでくれているのだと信じて、エイミはそう彼に告げた。

「…本当に悪かった、エイミ…ここに居残ってくれるのなら、私は嬉しい……。冷たい主人は消えることが無いかもしれないが、私は精一杯、お前に尽くそう」

「ありがとうございます、テイル様…！」

　胸が熱くなる。
　自分の居場所として、彼のそばを選んだことは間違ってはいなかった。まだ自分は望まれているから…


　エイミはふとあることに気付く。

「…テイル様、良ければ教えていただきたいのですが…御主人様のお名前は知っていますが、『テイル』というお名前はどこから付いたんですか…？？」

　エイミの今さらな疑問に、主人はクスリと笑う。

「…自分の名を幼い頃にうまく言えず、その頃を思い出して自分なりに言いやすくした結果決めた。…呼びやすいだろう？」