買われた娘は主人のもの
 エイミはこの屋敷に来てから一度も口を利いていない。
 驚いた時の声や叫び声、泣き声は上げていた。しかしこの時までこの屋敷の誰も、エイミの普通の声を聞いた者は居なかったのだった。

「…あら、なかなか可愛い声じゃない」

コリーンが感心したようにそう呟き、

「コリーン」

無表情のバラドがコリーンを制した。

 執事長のテイルは少々驚いた表情でエイミを見つめていたが、目の前まで来ると娘の顎を白手袋の手で持ち上げた。
 そしてそのままエイミの顔を興味深そうに眺めた。

「う…」

 その間、エイミは目を強くつむり、その時を必死に耐える。

「…目を開けないか。よく見せるんだ、さあ」

 今度は少しだけ穏やかに声を掛けられ、エイミは恐る恐る目を開いた。

 執事長は困惑の表情を浮かべたままこちらを見つめている。

 しばらくの間、室内は緊張感のような、少し張り詰めた空気が漂う。

 その空気をようやく打ち切ったのは、他でもなくあのコリーンだった。

「…ではテイル様、娘の食事はこちらへ。わたくしは失礼いたします」

 コリーンはメイキングしたベッドにトレーごと食事を置きうやうやしく頭を下げると、同じく頭を下げたバラドと共に部屋を出ていく。

 バラドの後ろに付いた彼女はやはり、執事長に気付かれぬようこちらを見て微笑んだようだった。
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