7日間花嫁を演じたら、冷徹富豪な石油王の極上愛に捕まりました
「あぁ……寒い……」

12月のアメリカ東部の平均気温は5℃ほど。

風が吹いているせいで体感はもっと低く感じる。

異国の地で無一文という不安と絶望に押しつぶされそうになる。

でも、メソメソと泣いていても何も解決できない。

まずは冷静になって行動すべきだ。

必死に自分を励まして丸まっていた背筋を伸ばして顔を持ちあげる。

まずは警察へ行くべきだ。そして、日本大使館に連絡をいれてもらう。

できることからひとつずつ、やれることをやろう。

まずは警察署の場所を誰かに聞いてみよう……――。

キョロキョロと辺りを見回しながらタクシー乗り場の前を通り過ぎた時、目の前を1歳ほどの女の子がおぼつかない足取りで横切った。

「あれ……?」

周りを見回しても親らしき姿は見当たらない。

女の子が足を緩める気配はない。このままでは道路に飛び出してしまう。

「大変……!!」

私はその場にスーツケースを残したまま弾かれたように駆け出した。

「――待って!!そっちは危ないよ!!」

道路まで飛び出した女の子に大きなクラクションが鳴らされる。

「――Stop!!」

私はとっさに道路に飛び出し女の子へ両腕を差し出し、自分の方へ引き寄せて抱きしめた。

その拍子に両膝を擦りむき痛みが走る。

「……っ」

目の前まで迫っていた車は間一髪のところで停車した。

車の運転手に頭を下げて女の子を抱き上げると、急いで歩道まで移動する。

「大丈夫!?ケガはない?」

英語で尋ねると、女の子は顔を歪めて大声で泣きだした。

女の子の体を確認してホッと安堵する。

よかった……。ケガはしていないみたい。

すると、私たちの元へ両親らしき男女が駆け寄り声を荒げた。

「うちの子に何をしているんだ!?」

「どうして泣いているの……!!あなたが泣かせたの!?」

自分たちが目を離したことを棚に上げて私は二人に責め立てられた。

それどころか私が英語を話せないと思っているのか、二人は寄ってたかって私を口汚い言葉で非難する。

私達の間に漂う不穏な空気に、女の子は母親の足にしがみついて不安そうな表情を浮かべている。

「ハァ……」

私は大きく溜息をつくと、ハッキリ言った。

「私は車道に出てしまった娘さんを引き止めただけです。あなたたちになんて言われようと、私は悪いことをしたとは思っていません!この子が車に跳ねられずにすむなら、あなたたちに責められた方がずっといい」

英語で言い返すと、両親は顔を見合せた。

「私は日本人ですが、少しくらいなら英語を話せます。あなたたちが私を口汚い言葉で罵っていることも分かっています」

叔父たちの経営する旅館にも外国人のお客さんが来る。

幼い頃から外国人と触れ合う機会も多かったし、旅館を経営する叔父たちの力になれるかもと考え、就職してからも独学ながら英語の勉強は欠かさず続けていた。

言い返すと父親がワナワナと怒りで唇を震わせた。

「なんだと……!?この野郎!!娘を誘拐したと警察に突き出してやる!!」

「私は誘拐などしていません!!」

一触即発かと思った次の瞬間、私たちの間に誰かが割って入った。


「――彼女の言う通りだ」

ダークグレーのスーツに身を包んだ長身の男性。

スラリと引き締まったその後ろ姿はあまりにも堂々としていて男らしい。

私の視線が男性の横顔を捕える。

アジア人……?なんて綺麗な顔なの……。

あまりに整ったその顔から目が逸らせない。

「なんだお前は……!」

「お前たち、子供から目を離していたな。NY州憲法違反で警察を呼ぶか?」

流暢な英語でそう告げられた両親は顔をひきつらせた。

確かにアメリカでは日本とは違い13歳未満の子供から目を離してはいけない決まりがあると聞いたことがある。

「なっ……。あなた、もう行きましょう。それに……――」

母親が父親の腕を掴んで引っ張り、耳元で何かを囁いた。

父親は目を見開くとワナワナと唇を震わせ、3人はそのまま逃げるように去っていった。
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