7日間花嫁を演じたら、冷徹富豪な石油王の極上愛に捕まりました
「あとは俺たちのなれそめだ。複雑な設定にするとボロが出るからな」

永斗さんは視線を宙に漂わせて少し考えた後、こう言った。

「俺と沙羅、二人が出会ったときのことをありのままに話そう。数日前のことでまだ記憶に新しいし、その方が説得力がある」

「確かにそうですね」

「だが、時期は6か月前ということにしておこう」

「分かりました」

「いくら対策をとっていても、予期せぬ質問をしてくる人間はいる。あとは臨機応変に答えるしかない」

「……はい」

力強く頷いて自分自身に気合を入れる。明日は永斗さんにとって運命の日になる。

失態は絶対に許されない。

「遅くまで悪かった。疲れただろう?」

全ての打ち合わせが終わりホッと息を吐いた時、一度リビングを出た永斗さんがトレーを持って戻ってきた。

「それは……?」

「カモミールティーだ。リラックス効果があるとマリアに聞いた」

「わぁ、良い匂い……!ありがとうございます」

思わず笑顔になると、永斗さんがポンっと私の頭を叩いた。

「よかった。ようやく笑顔になったな」

「え……?」

「今日一日、強張った顔をしていただろう。気になっていたんだ」

「そうでしたか……?」

「無理もない。見ず知らずの人間ばかりのパーティに参加するのは勇気がいるからな」

「永斗さん……」

「引き受けてくれて本当に感謝してるよ、沙羅」

愛おし気に見つめられて、私はいたたまれなくて目を逸らす。

そうやって熱っぽくみつめられるだけでとろけてしまいそうだ。

「それと、パスポートの再発行が予定よりも早く終わったらしい。明日の午前中、日本大使館へ沙羅を連れていくようマリアに話してある」

「ありがとうございます……!」

こんなに早く再発行してもらえるなんて思ってもいなかった。

「日本に帰れて嬉しいか?」

少しだけ淋し気に永斗さんが尋ねる。

「それは……」

すぐに『はい』と答えることができないぐらい、永斗さんと過ごす時間は私にとってかけがえのないものだったのだと実感する。

最初は仕方なくだった。永斗さんのフィアンセを上手に演じ、日本に帰ることを望んでいた。

けれど今はそうではない。自分の為ではなく永斗さんの為を想っている。

私はなにも持っていないし、彼に何かをしてあげることはできない。

出来ることと言えば、パーティで偽りのフィアンセを完璧に演じる事だけ。

永斗さんと出会ってから今日まで異国の地で何不自由なく楽しく生活できたのは彼のおかげだ。

マリアやミラちゃんとの出会いもあった。

そして、永斗さんとの貴重な時間を過ごすことができた。

私は彼にたくさんのものをもらった。

「はい。とっても嬉しいです」

笑顔で答えると、永斗さんは少しだけ目を伏せた。

「こっちに残りたい、とは言わないんだな」

「……言いません」

『言わない』ではなく『言えない』んだ。

私は日本に帰り、結婚をする。最初からその予定でニューヨークまでやってきた。

独身最後に羽を伸ばすために。

伸ばせたのかどうかは定かではないけれど、永斗さんと出会い知らない世界をたくさんしることができた。

私にとって一生忘れられない海外旅行になったのは言うまでもない。


「……そうか。今日はもう休め。おやすみ、沙羅」

ポンポンッと私の頭を優しく叩くと永斗さんがリビングを出て行った。

広すぎるリビングに一人残された私は両手で顔を覆った。

涙が出そうになる。痛いぐらいに唇を噛みしめてぐっと堪える。

目を腫らしてしまえば、明日のパーティに支障がでてしまう。

胸が引き裂かれそうなほど痛み、自分が永斗さんのことをどれほど愛しているのかを思い知らされる。

「……時間が止まればいいのに」

ポツリと呟いたその声は惨めに震えていた。
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