7日間花嫁を演じたら、冷徹富豪な石油王の極上愛に捕まりました
「これにしようかな」
叔母と相談し、代表的な植物の松の柄の着物を着ることにした。
松は色などが変わらずその不変性が尊ばれ、千年もの寿命があることから長生きの象徴として縁起の良い木とされてきた。
以前母が父と結婚する際、両家顔合わせの時に着ていた思い出の品だと叔母が教えてくれた。
梅の間に10時という約束だった北条さんがやってきたのは結局昼を少し過ぎた頃だった。
「腹が減ったな。何か食べるとしよう」
北条さんは私を待たせたことへの謝罪を一切しないまま座布団に腰を下ろした。
「……顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
「実は今日の朝方まで酒を飲んでいたんだ。まだ酒が抜けきっていない」
「そうでしたか……お酒を……」
それが2時間も遅刻した理由のようだ。
しばらくすると、梅の間に花かごもりや旬魚のお造り、それに和牛のセイロ蒸しなどの料理が運ばれてきた。
けれど、それを見た北条さんは仲居さんがテーブルに置いたお盆を手で押し返した。
「なんだこれは!こんなもの食えるわけがないだろう!!」
「えっ……」
若い仲居の女性が狼狽えたように私に視線を向けた。
彼女とは年も近く、会社が倒産してから一緒にここで働いている仲間だ。
「あの、それはどういう意味でしょうか?」
「俺は二日酔いなんだ!肉や魚なんて食べたくない!」
「雑炊などを食べたいということでしょうか?」
「聞かないと分からないのか!?」
怒鳴りつけられ思わず顔を歪めると、北条さんは私を睨み付けた。
「うん?なんだ、その顔は!なにか不満があるようだなぁ!?」
「……いえ」
初めから食べられそうなものを言ってくれればよかったのにと心の中で呟く。
きっと結婚してからもずっとこんなやりとりをしなくてはいけないんだろう。
ズンッと気持ちが重たくなる。
きっとこういうとき、永斗さんなら……ーー。
そうやって全てを永斗さんに置き換えて考えてしまう。
「俺は卵粥が食いたい!そうだ、沙羅、お前が作ってこい!」
「私がですか?」
「そうだ……!結婚してやるとは言ったが、お前が何をできるのか俺は知らないからな。料理の腕前を見せてみろ」
卵粥……。夜遅く永斗さんに卵粥を振舞ったことを思い出して胸が熱くなる。
私はあの日、頼まれたわけでもないのに永斗さんに卵粥を振舞った。
朝ご飯も夜ご飯も食べていないと言った永斗さんの体が心配だったからだ。
自分からしてあげたいと思った。
でも、今は違う。私は北条さんへ卵粥を振舞うことを躊躇っている。
「黙ってないでなんとか言え!!……うん?もしかして作れないのか!?ハァ……お前は顔だけの女なのか」
言葉が出てこない。
北条さんが私を罵る声が右から左に流れていく。
「大変申し訳ありませんでした。ただいま作り直してきます!!」
私の異変に気が付いた仲居が慌てて盆を手に梅の間を出て行く。
急に目頭が熱くなり思わず目をつぶると、瞼に永斗さんが浮かんだ。
「なぜ黙るんだ!!そんなことなら結婚などしてやらないぞ!!!」
北条さんが大声で私を罵り、喚き散らしていたそのときだった。
旅館の長廊下の奥から「お客様……!困ります!!」そんな声と同時にこちらに歩み寄ってくる足音がした。