元探偵助手、転生先の異世界で令嬢探偵になる。


 シエラは、ルシウスの手をつかんで口からそっと離した。

 触れてみて初めてわかった。彼の手はかすかに震えている。きっと怒りからくる震えだろう。


 黒瀬であってもルシウスであっても、こんな風に感情を表にしているのは珍しい。



「ごめんなさい」



 シエラは小さな声で謝る。



「軽率でした。怒るのも無理ありません」

「別に怒っているわけでは。……いえ、もちろん怒りもありますけど、怒りというよりは……」



 ルシウスは言うべき言葉をまとめようとしているのか、黙り込んでしまった。だが結局、言葉にするのは諦めたようで、軽くため息をついた。



「前世のことをあれこれ言ったって、遅いにも程がありますね。この話は終わりにしましょう」



 特に異論はなかった。シエラは「そうですね」とだけ言って口を閉じる。


 ルシウスはそれ以上追及しないシエラに安心したようで、ようやく自虐の色がない穏やかな薄笑いが戻った。


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