・LOVER—いつもあなたの腕の中—
 繁華街の一角に位置している五階建てのビル、その一階に「H&T㏇」の店舗がある。店で扱っているものは主に文房具や雑貨など。しかし人通りの多い立地から、この店舗では店内の奥でカフェを開いている。これも当店を利用しているお客様のひとことを耳にした社長が、即対応したというし。
 今では「お客様から求められたら、何でもアリにしてしまう店」なのでは? と思う程だ。

 元々は現在本社屋が建っている土地で、万年筆好きの社長が小さな文具店を始めたことが会社立ち上げのきっかけだったとか。当時は「H&T㏇」なんて横文字会社ではなく、社長の名前をそのまま使った「吉野文具」だったらしい。
 高級な万年筆など到底買えない私からすれば「吉野文具」の方が親しみ感もあるし、壁には蔦が絡まる本社の佇まいと少しレトロ感漂う雰囲気に合っている気がするんだけどな。……なんて思っていたりする。

 通用口から外に一歩出ると、もう藍色の空に変わっていて。今日は朝から冷たい風が吹いていたからか、澄んだ空気が頬を撫でた。


「うわぁ、本格的に夜は冷えてきたなぁ」


 軽く身震いし、バッグを肩にかけ歩き出す。足元もそろそろパンプスからショートブーツあたりに衣替えしてもよさそうだ。
 駅へ向かう人の流れに乗り、最寄り駅に向かった。
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