甘い夜の見返りは〜あなたの愛に溺れゆく
「結羽さん、それは違うわ。あなたが傍に居るから、専務は頑張れるのよ。専務が言ってたわ。結羽さんに逢って、その存在だけで心が癒やされて、それが原動力になっているって」
「野木さん…」
「ちょっと一緒に来て」
野木さんは、私の手を掴んで、立たせてから、部屋のドアをノックした。
「失礼します」
私の手を引き、部屋に入って、社長と対峙した。
「社長」
「何だね、野木くん。今大事な話をしているんだ」
「社長、ご自身と同じ事をされるんですか?」
「何を言ってるんだ?君は」
「緒川美保子と言う女性を覚えていますか?」
「何故、その名前を?」
「私はその娘です」
「美保子の…娘?」
それから、野木さんは自分の生い立ちと、お母さんがずっと写真を持っていた事を話した。
「社長は、自分と同じ思いを専務にさせて、私の母のように、佐々倉さんを引き離すのですか?」
「それは…会社を守るためだ」
「お二人は愛し合っています。仕事で佐々倉さんの足りないところは私が補います。教育もしていきます。どうか…どうか私の母のような、辛い人生を佐々倉さんに与えないでください」
野木さんは手で顔を覆い、涙を流して私達のために訴えてくれた。
しばらくぼう然としていた社長が、野木さんの傍に来た。
「美保子を忘れた事は無かったよ。きっとそれは、湊の母親には伝わっていた」
社長は、肩を落として話し始めた。
「突然辞めた美保子を探したら、その後すぐに結婚したと聞いて、そのまま連絡を絶った。私は、会社は大きくする事ばかり考えて、大切な人達を、幸せには出来なかったんだね」
「俺は結羽と出逢うまでは、人を愛するという事を知らなかった。ただ、会社が大きくなることが楽しかった。でも、人を愛する事を知り、失う怖さを知ったよ。結羽が居ない人生なんて考えられないんだ」
「社長、私も佐々倉さんの教育をします」
しばらく黙っていた社長は
「湊、何があってもお前は会社も佐々倉さんも守る覚悟はあるのか?」
「あぁ、もちろん」
「今のままでは、佐々倉さん自身が辛い思いをすることになる。佐々倉さん、覚悟はあるかね」
「はい」
「…野木くん、佐々倉さんを頼むよ」
「はい!」
野木さんは、自分のことにように涙を流しながら、優しく微笑んで、私の手を包んでくれた。
私は、社長の優しく微笑む姿を、初めて見た。
その笑顔は、お父さんの顔だった。
その時、誰かがドアをノックした。
「失礼します」
高山さんが入って来て、その場の空気を察したのか、少し複雑な顔をした。
「あぁ、高山くん、丁度いいところに来たよ。野木くんにも協力して貰うが、佐々倉さんの教育を頼むよ」
「…はい、分かりました」
高山さんは、顔は笑っているものの、目の奥は笑っていなかった。
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