甘い夜の見返りは〜あなたの愛に溺れゆく
仕事も湊さんとの生活も、変らず過ごして数日が過ぎた。
朝一番に突然、高山さんから退職届が出て、退職日まで有給消化すると申し出があったと、野木さんから教えてもらった。
電話をしても、直ぐに留守番電話になるらしい。
野木さんは、今後の社長のスケジュールを把握して、今までの記録を頭に叩き込み、社長専属秘書としてこなしていた。
「さすが野木さん、社長が好きになった人の娘さんだ」
今日は野木さんの邪魔をしないように、孝さんの仕事のサポートをして過ごした。

「湊さん、お帰りなさい」
私はキッチンに入り、晩御飯の盛り付けを始めた。
「結羽、話があるんだ」
「…はい」
「高山さんが退職する話、知ってるよね?」
「はい、びっくりしました。受理したんですね」
「結羽、これから話すこと、最後まで聞いて欲しい」
私は不安に駆られながら頷いた。
「一昨日、高山さんから、社長が呼んでると、会議室に行ったら、高山さんだけがいたんだ。結婚を前提に、付き合って欲しいと言われたよ」
私は目を丸くして、不安そうに湊さんを見つめた。
「俺が結羽以外の人と、付き合うわけないでしょ」
湊さんがキッチンに入って来て、大きな手で私の頭を撫でた。
「君と付き合う気は、これからも絶対無いからとだけ言って、部屋を出た。まさか親父の差し金じゃないかと、直ぐに電話して聞いたら、知らないと言ってたよ」
「湊さんの事、好きなんですね」
「違うみたいだよ。親父が高山さんに連絡したら、社長夫人になれないなら、もう辞めるって言われたらしい。それが本音だ」
「そうなんですか?」
「今まで秘書に付いた人は、仕事は出来るけど、いつも色気を醸し出していた。だから、わざと冷たくすると、直ぐに辞めたよ」
「きっと皆さん、綺麗な人だったんですよね」
「そうだね。世間で言えば、才色兼備な女性だろうね」
そんな人達が傍にいたのに、どうして私みたいな普通の子と一緒にいるんだろう。
「どうして…私なんですか?」
「前にも言ったでしょ?外見着飾ってるだけが魅力じゃないんだよって。結羽の内面から湧き出てくる魅力は、誰もが惹かれるよ」
後ろから私をそっと抱きしめてくれた。
「でも、高山さんや野木さんみたいな、色気無いですし…」
「結羽の色気なんて、これから誰も知ることは無いよ。結羽の乱れる姿と蕩けるような顔と啼く声は、俺だけが知っていたらいいんだから」
うなじに落とされる唇と、体をなぞる手に声が漏れる。
「ほらね。結羽はほんと、何も分かってないよ」
「もう、意地悪しないでください」
「…ごめん、少しだけと思ったんけど…ご飯の前に結羽を食べたい」
私が手に持つ菜箸を置いて、そのままベッドへと連れて行かれ、せっかく作ったおかずはすっかり冷めてしまった。
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