甘い夜の見返りは〜あなたの愛に溺れゆく
「悲しいこと、あったの?」
穏やかで甘い声が、耳に響くとゾクッとする。
「まぁ、色々と…」
「好きな人にフラれた、とか?」
「いえ、その逆と言った方がいいのでしょうか。好きじゃない人と一緒になるというか、家の事情なんですけど」
知らない人にこんなこと言って、と思ったけど、まぁ二度と会わないからいいや。
言ってしまって、すっきりしよう。
お代わりしたカクテルをグッと飲み干した。
「そうなんだ。相手の人はお見合いなの?」
「いえ、会社の上司なんです。父が経営している会社の跡継ぎとして、父から一方的に勧められて」
それから湊さんは、目の前のウィスキーを一口飲んだだけで、静かに私の話に、耳を傾けていた。
「その、上司っていう人のことは嫌なの?」
「いい人ですよ、とても。でも、好きでもない人との結婚なんて、想像出来ないんです。昔から厳しい家庭で育って、男性と、まともに付き合ったこともないですし…」
言ってから恥ずかしくなって、顔が熱くなったけど、お酒の酔いに紛れて分からないよね。
おかげで、誰にも話す事が出来ないことを、聞いて貰えて少し気が紛れた。

素敵な時間は、あっという間に過ぎて行く。
飲み過ぎたかな…
そろそろ部屋に戻らないと。
「ありがとうございました。凄くすっきりしました」
「結婚する覚悟決めたの?」
「仕方ないんでしょうね」
シンデレラのような夢の時間はもう終わり。
私は、現実に戻るかと思うと、悲しくて下を向いた。
「今日は私がごちそうするよ」
「いえ、私ばかり飲んでましたから」
「気にしないで。僕は結羽さんと一緒で楽しかったから」
「あ、ありがとうございます」
ラウンジを出て、2人でエレベータに向かった。
あぁ、夢のような時間も終わっちゃう。
歩き出すと、少し足下がふらついて、よろめいた。
「大丈夫?」
「す、すみません。だ、大丈夫です」
ふと顔を上げて、湊さんを見つめた。
「…また悲しい顔に戻ったじゃない」
「だ、大丈夫です」
今の気持ちを悟られないように、俯き加減に歩きだすと、そっと私の肩を抱き寄せ、頭を撫でてくれた。
胸がキュンと締め付けられて、ドキドキする。
お酒のせいなのかな、ふわふわして変な感じ…
こんな感覚初めて…
恋に落ちるってこんな感じなのかな。
こんな素敵な出逢い、もう経験出来ないんだ。
素敵な夜の出来事として、一生の想い出になるかもしれない。
はっ!ダメダメ!
何てこと考えてるんだか、私。
酔った勢いで変なこと考えた。
でも…
許されるのなら、もう少しだけ、シンデレラでいさせて下さい。
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