僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
 返事もしないで黙り込んでしまった僕のそばまで来ると、葵咲(きさき)ちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
 アーモンドアイの大きな瞳と視線がかち合った途端、心臓がドクン!と跳ね上がった。

 葵咲ちゃんが「理人(りひと)?」と呼んで小首を傾げる動きに合わせて、わざと耳の前に残すようにして垂らされた毛束がふわりと揺れる。
 僕は思わずその毛先に手を伸ばすと、軽く引っ張っていた。

「葵咲……()()()

 その仕草と声で彼女の視線を縫いとめると、葵咲ちゃんが「ん?」と優しく答えてくれる。

 僕が彼女に甘えたいとき、「ちゃん」を付けるのは、あの日以来僕らの間では暗黙の了解みたいになっていて、僕を見つめ返す葵咲ちゃんの表情はいつも以上に柔らかかった。

「――僕の世界はキミ中心に回ってる」

 葵咲ちゃんをじっと見つめたままそう言うと、クスッと笑われて、「うん、知ってる」って言われた。

「重く……ない?」

 恐る恐る問いかけたら「物凄く重いね」って笑ってから、僕の方へ伸ばしてきた小さな指で、鼻先をチョン、とつつく。

「でもね、私には不思議とそれが心地いいから」

 言って、僕の首筋に腕を絡ませて引き寄せると、葵咲ちゃんが僕の唇に掠めるようなキスをくれる。

「だから、ね? そんな不安そうな顔しないの」

 告げられた言葉が物凄く嬉しくて、思わず葵咲ちゃんを抱きしめようとしたら、まるで揶揄(からか)われるようにスルリとかわされた。
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