僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
「私、こんなに理人(りひと)のことばっかり考えてたのに。伝わってなかったの、なんか悔しい……」

 バレないためにあれこれ隠して嘘をついていたくせに、察してもらえなかったのは悔しいと怒る彼女。
 僕はそんな素直じゃない葵咲《きさき》ちゃんが、たまらなく大好きだ。

「あのね、迷ったけど、今回は洋酒たっぷりのチョコレートケーキにしたの。チョコと違って溶けやすいから……作ったの、どうしても冷蔵庫に入れておきたくて」

 自分は今、僕と同棲しているから、家の冷蔵庫ではバレてしまうと思ったらしい。それを防ぐためにホテルを取ったのが、今回のサプライズの本当の意味。

 欲しかったのは冷蔵庫で、お部屋とお泊まりはオマケ。

 そんなことを言ってはにかむところも、素直じゃなくて本当に大好きだよ。
 だってさ、冷蔵庫だけが必要なら、そんなに遠くにあるわけじゃなし、実家に行けばいいだけだろ?
 僕はわかっていて、()えて彼女の嘘に騙されてあげる。

「ね、理人。お部屋から出るの、なんだか面倒になっちゃった。――夕飯、ルームサービスで、いい?」

 葵咲ちゃんがそう言って、どこか熱を含んだ、潤んだ瞳で僕を見上げてくる。
 これはお伺いの「いい?」じゃなくて「いいよね?」の「いい?」だ。僕は「もちろん」と(うなず)いて彼女にそっとキスをした。

 だって、多分、葵咲ちゃんも僕と同じ気持ちだと思ったから。

 今日はずっとこのまま二人きりで――。

 食べてる間もイチャイチャして、チョコレートケーキみたいに甘く(とろ)ける時間を二人きりで過ごそう。


 たまには、イベントごとを失念するのも悪くないな。
 葵咲ちゃんを腕の中にギュッと抱きしめながら、僕はそんなことを考えた。


     END
   (2020/01/11〜2020/01/21)
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