名無しのヒーロー ~シングルマザーは先生に溺愛されました~
「家に上がって下さい。お父さんも待っているんですよ」
 
 リビングに通されて直ぐに将嗣が声を掛けて来た。

「夏希、悪いけど親父の部屋に美優ちゃんと一緒に行ってくれる?」
 
「いいよ。美優おいで。紗月はちょっと待っていてね」

 美優を抱き、紗月に声を掛けると紗月が頷く。
 お母さんに案内されるように将嗣と一緒に私は美優を抱いて、お父さんの部屋に挨拶に向う。部屋の扉を開けると窓際にベッドが置かれ、その上に痩せた男性が横になっていた。

 「お父さん、将嗣が来てくれましたよ」
 すると痩せた男性は目を覚まし、美優を見つけると嬉しそうな表情に変わる。電動のベッドのスイッチを入れると上半身が起こされた。
 具合が悪い話は聞いていたが、まさかここまで病状が思わしくない様子だとは思っていなかった。将嗣が実家に美優を連れて行きたいと強く希望していた意味が、今、解った。

 
「親父、こちらが谷野夏希さんと美優ちゃん」

「初めまして、谷野夏希です。この子が娘の美優です」
 
「遠い所来てもらってすまないね。抱いてもいいかな」
 と細くなった腕を差し出された。

 病気のせいで実年齢よりも老けて見える面立ちには、深い皺が刻まれている。
 ベッドの上で身を起こしている将嗣のお父さんの側まで行き、差し伸べられた腕に受け渡すと温かい視線で美優を見つめた。
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