名無しのヒーロー ~シングルマザーは先生に溺愛されました~
「将嗣、ごめん」
 ポツリと呟いた。
 
「なんで、夏希が謝るんだよ」

「えっ? なんとなく」

「”ごめん” よりも ”ありがとう” が、聞きたいよ」

 将嗣が切ない表情を向ける。将嗣も私にずっと謝ってばかりで ”ごめんね” しか聞いていない気がする。私だって ”ありがとう” を聞きたい。

「美優の子守、ありがとう」

「なんだか、素直で気持ち悪いな。あっ! わかった。なんか美味い物食いたいんだろ。明日、薄皮饅頭買ってこようか? それとも香の蔵? ママドール?」

「全部!」

 いつもの軽口が出て何だかホッとする。
 美優のパパとママ。
 夫婦ではない微妙な距離感。
 きっと、親の世代……いや、一般的に認められないのかも知れないけど、将嗣と私は、この距離が一番歯車がかみ合う気がする。

「美優ちゃん、ママは食いしん坊なんで、退院する頃には、きっと10キロぐらい太って、別人になるかもですよー」

 くそぉー。痛いところをついてきたな。

「転院したらダイエットするもん」

「美優ちゃんも聞きましたね。ママがダイエットするって、本当かなぁ?」

「絶対にする!」

 私がムキになって言うと、将嗣が笑った。
 やっと、笑顔が見えて安心した。
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