名無しのヒーロー ~シングルマザーは先生に溺愛されました~
 街はクリスマスカラーで彩られ、イルミネーションが点灯し始めた。道行く人たちは浮足立ち、恋人同士が寄り添い幸せそうにしている。

 それなのに心が凍り付いたままの自分の目には、紗が掛かったように、すべての物が灰色に映る。

 今から4年前、晴れて青空が広がりうららかな日の出来事だ。

 お腹がだいぶ目立ってきた妻が声を上げた。
「あー、牛乳買うの忘れちゃった。ちょっとコンビニに行ってくるね」

「歩くの大変だろう? 俺が行ってくるよ」

「牛乳だけだし、そのまま料理お願いしてもいい? だって、翔也さんの作ったパスタの方が美味しんだもん。それに少しは運動した方がいいってお医者さんからも言われたの。大丈夫だから、いってくるね」

 パタパタとサンダルを履いて玄関を出て行く妻の背中を見送った。それが、元気な妻の最後の姿とは考えもせずに……。
 なかなか帰ってこない妻の携帯電話はつながらず、パスタも冷めきった頃、一本の電話が掛かって来た。
 それは、警察からの電話で病院に駆け付けた時には、既に妻もお腹の子供も冷たくなっていた。コンビニ手前の横断歩道を渡っている時に車に轢かれてしまったのだ。

 何故、あの時、一緒に行かなかったのか。いや、自分が買い物に行けば良かったんだ。そうしたら彼女もお腹の子も助かったのではないか。
 そう思わずにはいられなかった。

 その日以来、心の中は冷え切ってしまい何を聞いても、何を見ても気持ちが動かない日々が続いていた。
 景色は色を失い、心が凍り付いている。
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