名無しのヒーロー ~シングルマザーは先生に溺愛されました~

 キッチンに立つ彼女の細い背中を見つめていると嫉妬の炎がまた燃え上がる。

 あの男、谷野さんの声を聞き、乱れた姿も知っているなんて……。

 まだ、気持ちも伝えていない自分との差を思うと焦りが起こる。

 思わず、側に来た彼女の手首を掴み「先生?」と困惑する彼女に向かって問いただす。

 「この子の父親と会っているのか?」

 彼女に八つ当たりともいえる言葉を吐きだしてしまった。
 彼女だってあせっている。

 「この前、偶然会ってしまったんです。今日も勝手にやって来て、朝倉先生には、ご迷惑をお掛けしてすみません」

 必死に謝る彼女が可哀想じゃないか。
 ふーっ、と息を吐き出し気持ちを落ち着ける。
 だけど、彼女の手を離したくない。顔を上げた彼女の黒い瞳が私を映している。

 愛おしい彼女を抱きしめた。
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