名無しのヒーロー ~シングルマザーは先生に溺愛されました~
「悪いけど、私、急ぐから」

「今でも夏希が怒っているのは分かるけど、言い訳ぐらいさせて欲しかったよ。俺、あの頃は夏希だけが心の拠り所だったんだ」

 何を言われても話を聞こうとは思えない。
「本当に急ぐから」

「わかったよ、また」
 将嗣はプライベート用の名刺を差し出す。
 受け取るのも躊躇われたが、これ以上は、話をしたくなかったので取り敢えず受け取り「じゃあ」とだけ告げる。

「また会おう」
 将嗣の声が私を追いかけた。

 仕方がないので、軽く振り返り手を振った。


  車に乗り込みチャイルドシートに娘を座らせながら、複雑な気持ちになった。
 もしも、この子が大きくなって自分のルーツを知りたがった時に私は何を言えばいいのだろう。



 このまま、過去の事をいつまでも根に持ち、娘の父親という存在を消していまってもいいのだろうか。
 例えば、将嗣と話をして子供の存在を拒絶されてからでも遅くは無いのかも……。
 でも、受け入れられたらどうする?
 認知をしてもらう? 時々会わせる? 引き取りたいと言われたら?
 悪夢を払うかのように首を横に振った。
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