名無しのヒーロー ~シングルマザーは先生に溺愛されました~
 少しして、ベビーベッドの上の美優が目を覚ましたようで、フニャフニャ言い始め、さすがにいつまでも寝たふりを続けてはいられないと意を決して布団から出る事にした。
 私がグズグズしている間に朝倉先生は、美優を抱き上げヨシヨシとあやしてくれる。

「朝倉先生、ありがとうございました。おかげでだいぶ具合が良くなりました。冷却シートまで貼って頂いて、すみません」
 と、声を掛け美優を受け取とろうと朝倉先生の前に立った。

 朝倉先生と視線が合うと、ふぃっと、ソッポを向かれてしまう。
 視線を逸らされたことがショックで、自分が何かやらかしてしまったのではないかと不安になってしまって、「朝倉先生?」と、声を掛けた。
「あの……」と、朝倉先生は言い淀む。
 朝倉先生から美優を受け取りながら次の言葉を待ち、背の高い朝倉先生を見上げていた。

 今度は、ふっと包み込むような優しい瞳を向けられる。
「谷野さんの大分調子も良くなった様だし、今日は、お暇するよ」

 寂しさを覚えながらも引止めすることもできずにお礼を言った。
「今日は、たくさん助けて頂いてありがとうございました」
 
 すると、朝倉先生は私の首に手をあて、体温を気遣う。
「まだ少し熱がある、また、明日も来るよ」
 と、言い残し帰って行った。

 朝倉先生の手の温かさの記憶と香水のラストノートが鼻腔をくすぐる。
 違う熱が上がりそうだ。
< 91 / 274 >

この作品をシェア

pagetop