御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
「そうなんですか。あ、何の仕事か、ってことは言わなくていいです。私も、バイト先の人には絵のこと、誰にも話してないし。言いたくない時ってありますよね。わかります」
 隆は意外そうな顔をした。
「どうして?こんなに素敵な似顔絵描くのに。いい特技じゃない」
「まだイラストレーター志望ってことで、何者にもなれてませんから。格好わるいですよ。それに」
 ちょっと長くなるけど、聞いてもらっていいですか?と夏美は断ってから話し始めた。
 それは、夏美が絵画教室の仕事が無くなった後に勤めたバイト先でのことだった。雑貨屋さんで働いていたのだが、仲のいい子の誕生日プレゼントとしてポストカードに絵を描いて渡した。その子はとても喜んでくれて、夏美は嬉しくなり、折にふれ彼女に絵をプレゼントしていた。他の同僚の子たちも、私も欲しい、と言ってくれ、夏美は有頂天になって絵を描いた。
 ところが。ある日、休憩室に忘れ物をして取りに行ったら、交代で休憩していたバイトの子達が話しているのがドア越しに聞こえた。
「ねえ。またもらったんだけどさわべーの絵」
「またあ?自分ではいけてると思ってるんだろうけど、こういうの一回もらえばそれでいいんだって。そういう空気読めよって感じだよね」
「イラストレーター志望です、って合コンでも言うんじゃない?いいよねえ。そういうはったりかませる人は」
「ほんと。痛いよねー」
 夏美はドアを開けることができなかった。目頭が熱くなり、自分が泣きそうになっているのがわかった。
 それから。その雑貨屋さんの同僚に絵を描くことはすっぱりやめた。次のバイト先に変わっても、絵の話はいっさいしないようにした。黙々と、自分の部屋でイラストを描きためて、出版社に持ち込みに行く日を重ねて今に至る。
「わかっちゃったんですよね…自分では頑張っているつもりでも、傍から見たら、私って痛い人なんです。だから、見ず知らずの人に似顔絵を描くのは苦にならないけど、いわゆる仲間内とかを相手に調子に乗ったら叩かれる。そういうもんなんだ、って身に沁みたんです。だから…今勤めている会社も居心地がいいけど、似顔絵やイラストの持込の話はいっさいしてないんです」
「…そっか」
 隆はぐっとビールをひと口飲んだ。
「そうなんだ…でもさ、夏美さんのハートはどうなるの?」
「え?」
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