御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 思い出すだけで、胸がいっぱいになる。
 ここ一、二年は出版社の編集者に気に入られるようなイラストを描こう、と躍起になっていた。こんな色、こんなタッチが求められているから、こんな風に、と画風をコントロールして描いているようなところがあった。
 でも、今日は違った。夏美の描きたいように描いて、それで喜んでもらえた。
 夏美は毛布の下で足をばたばたさせて喜びを噛み締めた。
 こんな気持、もうずっと忘れてた。
 この部屋で持ち込み用のイラストを描いていても、何も入っていないポケットを探るようなつらさがあった。知らず知らずの内に、持込に行ってもまたダメなんじゃないだろうか、とつい思ってしまう。そうすると絵を描きたい気持そのものがしぼんでいたのだ。
 でも。今日の事があって、夏美の絵心のつまったポケットがぶわっと膨らんだ気がするのだ。
 嬉しい。また、頑張れる。
 夏美は、深呼吸して目を閉じた。
 そして、まぶたの裏に思い出すのは、隆の顔だった。触ってみたくなる茶色のふわふわした巻き毛。並んで帰った時に気づいた睫毛の長さ。ギリシャの彫像を思わせる、すっと通った鼻筋。
 すごく、綺麗な人だ。目に、焼き付けたくなるような…。
 思い浮かべた隆の笑顔がこう言う。
『夏美ちゃん』
 隆に呼ばれると、自分までも何かいいものになった気がする。
 そして、隆のポジティブで性善説な考え方。自分で自分のことを天使だと言っていたけれど、あながち違っていないと夏美は思う。
 あんな人と一緒にいたら、嫌なこととか、つらいこと、すぐに消えちゃいそう。
「また、会いたいな…」
 さっきまで一緒にいたのに、もう会いたくなっている。明後日には、また会えると頭ではわかっているのに。今の夏美には明後日がすごく遠くに感じた。
「彼女、いるのかな…いる、よね。多分。あんな素敵な人だもん」
 声に出して呟くと、なおさら身に沁みてきた。
 やめよう、今は。今日の楽しかったことだけを考えて、眠ろう。隆の美しい横顔を思い出すと、自然と口元が緩んでくる。
 いい夢が見られそう。そう、思った。

 金曜日。
「沢渡さん。今日、すごかったね」
< 13 / 86 >

この作品をシェア

pagetop