御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 そうなのだ。今日の似顔絵の売り上げは一昨日よりも五千円多い四万三千円だった。前回と同じく隆がお客さんに声をかけてくれた。映画館の近くだったのが幸いして映画を観た後の女性が私も、私もとまたしても行列を作ったのだった。そして、男性客も数人いた。
「また謙遜して。夏美ちゃんは、もっと堂々としてていいよ。私が稼いだんだーってね」
「なかなかそんな風には…でも、お客さんに喜んでもらえると、嬉しいです」
 絵を描いて喜んでもらえると、それだけで単純に嬉しい。そしてお金までもらえるなんて、すごいことだと思ってしまう。
「それで…今までは思いつかなかったアイデアを思いついたりして。もっとこんな色使ったらいいんじゃないか、とか色々わいてくるんです。今まで、こんなことなかったから。隆さんがお客さん連れてきてくれたおかげです」
 隆はくいっとシャンパンをひと口飲んだ。
「そうかなあ。もともと夏美ちゃんにはサービス精神があったんだよ。それが表に出てきただけ。でないと、あんなにお客さんのリクエストに応えられないよ」
「だって…誰だって綺麗に描いてほしいだろうな、って思うから…」
 お客さんはたくさんだったけれど、大人しく並んで待っているわけじゃない。こういう角度で、こんな芸能人のイメージで、とリクエストしてくるお客様も少なくなかったのだ。夏美はできるだけそれに応えようと頑張った。集中に集中を重ねたから、頭がぱんぱんで、今こうやってシャンパンを飲んで頭のネジを緩めている状態だ。
 それから幾つもの美しい皿が運ばれてきた。繊細と呼ぶのがふさわしいフレンチの料理たちが華やかに皿に盛られていた。
「綺麗…!」
 夏美は感動した。思わず見入ってしまって食べるのがもったいないくらいだった。隆は苦笑して食べて食べて、とすすめてきた。おそるおそる銀のカトラリーで食べるその料理達は、見た目どおり、美味だった。
 前回の牡蠣づくしも最高だったけれど、今回のフレンチもまた趣が違って素晴らしかった。
 うっとりしながら、夏美は自分の置かれている場所を再確認した。窓際の席だったので、隆の背後にあるカーテンが目に入る。艶やかなブルーのカーテンで、とてもシックだ。流れている音楽は静かなピアノ曲で、会話の邪魔にならない。
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