御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
「一時間、くらいかな。昨日、あらかた下準備をしていから」
「そうか。夏美ちゃんって、やる時はやる、タイプなんだね。大人しく見えるから、最初は路上で似顔絵描きやるなんて、意外な感じがしたんだけど」
 そんな風に思っていたんだ、と夏美は思った。
「似顔絵をやるきっかけは何だったの?誰かにすすめられたとか?」
 夏美は首を振った。ちょっと恥ずかしいけれど正直に喋ってしまおう、そう思った。
「一年前、雨が続いた日があったんです。なかなか洗濯ものが干せなくて。困ってたら、翌日、すごくいい天気になって。大慌てて色んなものを洗おうとしてバタバタ洗濯機に投げ込んでいたら携帯電話がその中に紛れ込んでいて」
 ぶはっ、と隆が吹き出す。
「洗濯もの干そうとしたら、携帯電話が出てきて真っ青になって…当たり前ですけど、充電してもどうにもならなくて、修理費が結構かかっちゃったんです。タイミング悪く給料日前で、本当にお財布がカラッポになってしまって。気がついたらスケッチブック抱えて公園のベンチに座ってたんです」
「ええ?無意識に」
「ほとんどそんな感じです。このスケッチブックの絵が売れないかなあ、って思ってたのをうっすら覚えてて…でも、そんなことあるはずないじゃないですか。仕方なく、スケッチブックに絵を描いていたら、高校生の女の子二人組みに声をかけられたんです」
「へえ」
「お姉さん、似顔絵描いてくれるんですか、ってきかれて。一瞬、どうしよう、って思ったんですけど、もう考えるより早く『描きます』って答えてました」
 隆は黙って先を促す。
「高校生だから高い料金はもらえないんで、一枚五百円にして。それで二人分描いて、千円もらって。その千円で、給料日までの三日間をなんとか持ちこたえました」
「すごいな。サバイバルだねえ。その、咄嗟に描きます、って答えたので明暗を分けたね。面白いなあ。ちょっとしたドキュメンタリーみたいだ」
 変に感心する隆に夏美は、笑いかけて言った。
「その千円を使って買ったカレーパンは、今でも忘れられないです」
「そうだろうね。いい話だな…誰にでも、そんな忘れられないカレーパンみたいなものがあるよね」
 そう言って、隆は自分が高校時代、病気で入院した事がある、と話してくれた。そこの病院の食事がひどくて、退院した後、最初に食べたグリーンカレーがすごく美味しかったと。
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