御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
「普通、濱見崎さんの絵本の作画となったら、もっと実績のある画家に頼むでしょう。沢渡夏美は実績も何もない。中河さんに取り入って、作画をさせてもらった、と考えるのが妥当でしょう」
 中河氏は、イケメン副社長としてもよく知られている。その氏に枕営業を決めた沢渡夏美は、なかなかの魔性の女と言えるかもしれない』
 記事を全文読んだ夏美は、全身から力が抜けていった。
 なんでこんな…なんで…
 根も葉もないことを一方的に言われて、激しく腹が立った。しかし、それよりも自分が隆に迷惑をかけてしまったことの方がつらかった。
 どうしよう…どうしたらいい…?
 頭の中で考えをまとめようとするがぐるぐると同じことを思ってしまい、堂々巡りだ。
 さっきの女性たちは化粧直しをすませて出ていった。私も出なきゃ、と思ったが夏美は、トイレの個室の中で立ち上がれなくなっていた。
 どの位の時間が経ったのか、かたん、と化粧室のドアが開く音がした。
「夏美ちゃん?どうしたの、具合わるいの?」
 隆だった。なかなかホールへ戻らない夏美を探しにきてくれたのだ。あのネット記事を読んだ後では、隆に合わせる顔がない、と思った。しかし、今日のパーティの準主役は自分なのだ。このままトイレにこもっていたら、また隆に迷惑をかけてしまう。
 夏美は自分を奮い立たせて、立ち上がり、トイレのドアを開けた。
「夏美ちゃん!」
 そこにいるのはいつもの隆だった。自分を責め立てていっぱいいっぱいになってしまった夏美は、隆を見るとやはり安堵を感じた。
「たかしさ…」
 名を呼びながら、隆の腕の中へ倒れこむ。そうして、夏美は気を失ってしまった。
 
 夏美がマンションで目を覚ましたのは、夜遅くだった。寒気がして、シーツを手繰り寄せようとして、隆に名を呼ばれた。
 夏美の目にまっさきに映ったのは、隆の心配そうな顔だった。
「…夏美ちゃん、大丈夫?」
「隆さん、私…」
 隆の顔を見たら、ネット記事のことを全て思い出してしまった。止めようとしても涙がじわりと浮かんできてしまう。
「スマホがあの記事の画面になってたから…読んだんだね、夏美ちゃん。ごめん、こうなることは予測できたのに、対策してなかった」
「そんな!隆さんが謝ることじゃ…!」
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