御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 笑顔で隆に言われてしまう。夏美は眉毛をはの字にして笑うしかなかった。
 ど、どうしよう…!
 隆が会社に行ってから、思わず夏美はあずさに敏恵の来訪をラインした。これから仕事に向かう通勤電車に乗っている時間帯だ。返信はすぐにきて、「休憩時間に電話する」とあった。
 午前中、イラストにとりかかったものの、敏恵のことが気になって身が入らない。キッチンで自分用のサンドイッチを作っていると、やっとあずさから電話があった。
「どう?だいじょうぶ?」
「ごめんね。あずさ、貴重な休憩時間を…。でも、いろいろと心配になっちゃって…」
「そうよねー、敵が思いきって攻撃かけてきそうだよね。こっちとしては、どう応戦するか考えておかなきゃね」
「応戦…」
 ごくり、と夏美は息をのんだ。
「そうだよ。敵は、あの手この手で、『私は隆のことをよく知っている女です』って顔してくると思うよ。そこで、夏美はひるんじゃダメなわけよ。何かではね返さないと」
「な、なにかって…」
 夏美には見当もつかない。情けないことに、何も誇れるものがない。
「相手は、商社勤務なわけでしょ、夏美の才能に嫉妬してるかもね。そこを裏手にとってさあ。私はこれだけ稼いでるんですってアピールするのはどう」
「ごめん、あずさ。印税入るのだいぶ先…」
 しばらくの間、あずさと二人でああでもない、こうでもないと策を練った。
「とにかくさあ!」
 あずさが声高に言った。
「隆さんが夏美に惚れてるのは紛れもない事実なんでしょ。隆さんだって後ろめたい気持があったらトシって人をうちに呼んだりしないよ。全く気持がないからできるんでしょ。隆さんとすっごくラブラブなんですって正室の余裕を見せるしかないね!」
「せ、正室の余裕か…」
 夏美は、キャビネットの上に置いたリングケースをちらりと見た。中には隆からもらった婚約指輪が入っている。これをもらったのは確かに自分なのだ。
「う、うん。がんばる。なんとか乗り切るよ!」
 そこまで話して、あずさの休憩時間も少なくなり、通話を切った。
 お昼ごはんを食べて、気持を落ち着かせると、夏美はイラストに向かった。あれこれ策をこうじても、結局は言いたいことはひとつ。夏美は隆のことが好きで、隆も自分のことを好いてくれていると思う。そこをブレさせなければいいのだ。そう自分に言い聞かせた。
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