御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 そう思えてきて、仕方なかった。
「ふう。後は煮込んでしまえばいいわね…あら、夏美さん、まだお米といでたの?やあねえ、それでも主婦?」
 からかうような敏恵の台詞が、トドメの一撃だった。
 お米をといでいた夏美の手にぼたぼたっと涙が落ちた。
「…っく」
 つい、もらしてしまった嗚咽に、さすがに敏恵も気づいた。
「な、夏美さん、どうしたの?」
「ううっ」
「やだ。どうして泣いてるの?!私、ひょっとして、やっちゃった?ああ、いつも隆に叱られるのよねえ、トシはデリカシーに欠けるって。やだ、ごめんね?」 
「も、もうっ…」
 夏美は、涙でぐちゃぐちゃの顔をあげた。
「あなたと隆さんがすごく仲がいいのはよくわかりました…でも…でも、隆さんを、とらないでええっ」
 もうなりふり構っていられなかった。夏美の本心をぶつけるしかない。
 涙をこぼしながら、敏恵を見ると、ぽかん、と口を開けている。それから言った。
「夏美さん。…じゃあ、私の本心を言うわね」
 夏美は側にあったティッシュで涙をぬぐいながら身構えた。
 隆さんと別れて、とか言うつもり?!
「お願い!私と濱見崎先生をとりもって!!」
 今度は、夏美が口をぽかん、と開ける番だった。
 それから、敏恵に改めて話を聞いた。隆のことは、本当に気楽な男友達で弟のようにしか思っていない。自分は濱見崎先生のような大人の男に弱く、この間のパーティで隆と話しこんだのは「濱見崎先生に紹介して!!」と耳打ちしただけ。今日も、夏美に料理を作って点数稼ぎをしたのは、なんとか濱見崎先生につなげてもらおうという下心があったからだった。
「じゃ、じゃあ…トシさんが狙ってるのは、隆さんじゃなくて、濱見崎先生…?」
「その通り!」
「そ、そんなあ…」
 へなへなと、夏美はキッチンの床にへたりこんだ。泣いてしまった自分がバカみたいだったけど、とりあえずはよかった、とほっとした。

「へえ、で、これがそのブフ・ブルギニヨン?」
 隆が仕事から帰ってきたのは十時過ぎだった。敏恵は、夏美と一緒に夕食を食べ、いかに濱見崎が素敵か、という話をして九時頃帰っていた。
「うん。隆さん好物なんだってね。食べる?」
 夏美が野菜や魚料理をよく作っていたのは節約のためだけではなかった。今日のように隆は帰宅時間が遅いことがよくあり、胃にもたれないものを、という理由もあったのだ。
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