冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 いつもより早い時間にベッドにもぐり込んだ。ぬくもりの足りない布団の中で過ごす時間は、まるで永遠に続くかのように思えてしまう。どうしても思考が後ろ向きになるのを止められそうにない。

 いくら時間が経っても不安な気持ちは拭えない。なんだかたまらなくなってしまい、そろいで購入した一矢さんのパジャマを持ち込んでぎゅっと抱きしめた。すっかり馴染んだ彼のにおいに、強張った心がほぐれていくようだ。そのままひたすら、眠気が訪れるのを待ち続けた。



 翌朝も、私の気持ちはどこか沈みがちになっていた。
 まるでそれを表すかのように、窓の外に広がる空も薄暗い色をしている。予報では、もしかしたら初雪がちらつくかもしれないという。一矢さんの帰宅時に降っていなければいいが……。

 気持ちを入れ替えるためにも、昨日借りてきたレシピ本に手を伸ばした。
 疲れて帰ってくる一矢さんを、温かい夕飯を作って迎えてあげたい。少し前に出したビーフシチューは、『美味しい』と何度も言っておかわりをしてくれた。あれからしばらく経つし、今夜もう一度出してもいいかもしれない。
 それとも、疲弊した体にはおじやのような優しいメニューの方がよいだろうか? 体を温めるには、生姜の効いた料理も捨てがたい。

 家事をこなしながらあれこれ考えているうちに時間は過ぎていき、気づけば夕方になっていた。
 そろそろ料理をはじめようかと立ち上がったところで鳴り響いた来客者を知らせるチャイムの音に、一瞬体を強張らせた。

「誰だろう……」

 私が嫁いできて以来、ここを訪れた人と言えば阿久津さんと実母ぐらいだ。母はすでに遠くへ行っているし、阿久津さんが来るにしても一矢さんのいる時間に限られる。まして連絡もなしに来はしないだろう。
 セールス目的なら、インターフォン越しに断ればいい。万が一大事なお客様だといけないからと訪問者に対応して、後悔した。

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