冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚～不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます～

「前日に、外で陽お嬢様に出くわしたんです。一矢さんに伝えようと思ったけど、仕事中に迷惑をかけたくなくて……」

「迷惑なものか。たしかに、すぐに受け答えできない方が多いが、そういうときはメールでもなんでも残しておいてくれればいいんだ。それに、優はもうあの女を〝お嬢様〟だなんて呼ばなくていいんだよ」

　一矢さんは、まるで私に言い聞かせているような口調で話す。
　遠慮する必要なんてなかった。もっと、一矢さんに甘えても許されるのかもしれない。私たちの関係は、夫婦ごっこなんかではないのだから。

「スマホやコート、靴までも全部そのままなのに、優の姿だけがない。あの女に追い出されたんじゃないかと思って、良吾にも協力してもらって探した。見つけるのが遅くなって、ごめんな」

　心底申し訳なさそうな顔をする一矢さんに、慌てて首を横に振った。
　あのとき、もうどうしてよいのかわからなくて、パニックを起こしたまま必死で歩いていた。寒くて、痛くて、未来が不安で……押しつぶされそうになりながらも、一矢さんに会いたい一心で足を動かした。
　そんな心細い中で、彼が後ろから抱きしめてくれたときに私がどれほど安堵したか。

「一矢さんが見つけてくれて、本当に嬉しかった」

　そんな言葉では、あの瞬間の気持ちを言い表すには全然足りなくて、私の手を握る彼の手にもう片方の手を添えた。

「ありがとう、一矢さん」

「優……」

　切なそうでいて、悔しそうで。様々な感情が入り混じって複雑な表情をした一矢さんは、そっと私を抱き寄せてくれた。

「無事でいてくれて、本当によかった」