冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚～不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます～

　部屋に入っても、することなどそれほどない。持ち込んだほんのわずかな私物を片付け終えると、今度行く別のスーパーを調べたり本を読んだりして過ごしていた。

　ふっと時計に目をやると、二十三時を過ぎたところだった。一矢さんが帰ってきた気配は、いっさいない。帰宅したのなら私の部屋の前を通るはずだから、おそらく聞き逃しはしないだろう。

「お医者様の仕事って、大変なのね」

　本来なら一矢さんの帰宅を待つべきかもしれないが、待たれたところで彼も困るだろう。
　夕飯の温めをどうしようかとチラッと思ったが、それすら嫌がられるかもしれないとなれば、ここは先に休ませてもらった方がよさそうだと、申し訳なく思いつつベッドにもぐりこんだ。


　翌朝五時半頃、そっと部屋を出るとこげ茶の革靴が玄関に置かれているのが見えた。
　今朝は在宅なのだとわかると、途端に緊張感が高まる。音を立てないように素早く炊飯器をセットして、自身の支度をした。

　夕飯は残念ながら手付かずだった。かなり遅かったようだし、もしかしたら外で食べてきたのかもしれない。これをそのまま朝食として出すのは気が引けるから、自分の昼食にすればいい。

　一矢さんがいつ起きてくるかわからないから、調理に時間はかけられない。じりじりとご飯が炊きあがるのを待ちながら、お味噌汁と卵焼きを作っていく。

　突然鳴った炊きあがりの合図にビクリとしながらも、全て鳴り切る前に急いで取り消しボタンを押す。自分でも過剰反応過ぎるとわかっている。でも、彼に迷惑をかけてはいけないと思うと、そうなってしまうのだ。

　ご飯はおにぎりにして、あとは昨日買っておいたお漬物を出せば許してもらえるだろうか？
　とりあえず一矢さんの分をテーブルに並べて、自身の朝食は部屋で食べようとお盆を手に廊下に出た。