冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 それなのに一矢さんはおろおろする私をおいて、戸棚から皿を取り出しはじめてしまう。

「ほら」

 差し出された皿を、思わず受け取った。

「どうしてこんなに早くから?」

 なにを聞かれたのかと目を瞬かせたが、すぐに理解した。特に仕事もしていない私が起き出すには、ずいぶんと早すぎる時間だと訝しく思われているのだろう。

「……わ、私と顔を合わせるのは、ご不快で、しょうから……」

 一矢さんの顔を見られるはずもない。ごまかすように手を動かしはじめた。

「たしかに、君の悪い噂はいろいろと耳にしている」

 母が三橋の愛人だったのは、言い訳のしようもない。でも、母だけが悪いわけじゃない。
 そう言い返す強さが私にあれば、もう少しなにかが違ったのだろうか。

 京子や陽にさんざんいびられ、正信から軽んじられてきた私には、そんなふうに反論する気力も勇気もないのが実情だ。

 それに、一矢さんに反論したところでどうにかなるわけでもない。彼が悪いわけじゃない。一矢さんだって、望まない結婚をさせられた犠牲者なのだから。

「それが、こんな殊勝な一面もあるとは思わなかった」

 生活費をもらって、住む場所を提供してもらっている以上、家事をするのは当たり前だと思う。それをこれほど意外そうに言われる理由がよくわからない。

「同じ家に暮らしている以上、顔を合わせるのは仕方がないだろう。気を遣われすぎるのはかえって気味が悪い」

 不快な思いをさせないようにと思っての行動が、逆に悪く思われていたなんて気づかなかった。それではどうすればよいというのだろう。

「だから、普通にしていればいい。そこまでびくびくされると、俺の方が悪いことをしている気にさせられる」

「ご、ごめんなさい」

 思わずそう言うと、「はあ」と大きくため息を吐かれてしまう。彼の中で、私の印象は悪くなる一方のようだ。

< 34 / 150 >

この作品をシェア

pagetop