冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 食事が用意されていれば、彼としてもちょうどよかっただろう。洗濯だって、やってくれていた女性がここへ来られなくなった以上、代わりに私が片付けておけば物理的には助かっていたに違いない。

 ただそれは、住む部屋を提供して生活費も出しているのだから、彼にしたらされて当然のものだったのではないか。私の実父はそう言って、私が京子に呼び出されるのを肯定したぐらいだ。

 そんなことにすら気づかないで、私はなにを浮かれていたのだろう。
 彼と慕っていた女性やそのお子さんを引き離す原因になっている私は、疎まれこそすれども心から感謝されるような立場じゃなかった。
 それでも心優しい一矢さんは、律儀にメッセージを残してくれていたにすぎない。

 しばらく無言だった一矢さんは、おもむろに「はあ」とため息を吐いた。
 それに思わず、肩がビクリと揺れてしまう。やはり私は、彼を不快にさせてしまう存在のようだ。
 彼の優しさを知ってしまった今の私には、そう思われてしまうのが思いの外辛く感じてしまう。最初から、歓迎されていないとわかっていたはずなのに。

「はじめに俺が、あまりにもきつく言ったせいだな。君を必要以上に怯えさせてしまったようだ」

 私がビクビクとしているのは事実だ。
 でもそれは、一矢さんそのものを怖いと思っているからではない。一矢さんを不快にさせてしまう自分の存在が怖いのだ。もともと彼には嫌われていたのだろうけどれど、これ以上は嫌われたくない。

 その気持ちを打ち明けたいのに、思うように言葉が出てこない。
 眉間にしわを寄せてしまった彼に、申し訳なくなってくる。

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