冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
「君について、いろいろと話は聞いていた」

 彼の口からも、〝愛人の子〟だと言われてしまうのだろうか。知られているかもと思いはしたが、直接そう言われるのは心が苦しくなりそうだ。

「だから、俺は君に近づこうとは思えなかった。ただ、ここへ来てからの君を見ていると、必ずしも噂通りでないと感じている」

 もしかしたら自分には、愛人の子である以上の噂もあるのだろうか? どうにもかみ合わない内容に、首を傾げそうになる。

 本妻である京子や異母姉の陽は、とにかく私を厭っていた。彼女らは私を呼び出したり電話をかけたりしてあれこれ言うだけでなく、京子に至ってはわざわざ職場にも来て嫌味な発言を繰り返していた。それに高校生の頃にも、陽を知っている人にいろいろと言われていた。
 だから、私たち母娘のあることないこと変な話が出回っていた可能性もある。
 実際に、『愛人の子なんだから、お前も男好きなんだろ』といやらしい笑みを向けてくる人もいたほどだ。

「少しだけ、後悔している」

「え?」

 てっきり責められるのだろうかと思っていただけに、一矢さんの意外な発言に思わず顔を上げた。目の前の彼は、どこか気まずそうな顔をしている。

「いけない。せっかくの食事が冷めてしまう。今日は君も一緒に食べて欲しい。少し、話がしたいから」

 彼にそう言われれば、私に断る権利はない。
 ぎこちない動作で自分の食事を用意るすと、緊張が解けないまま、彼の前の席に腰を下ろした。

「いただきます」

「い、いただきます」

 誰かと食事をするのは、すごく久しぶりだ。
 結婚する前は時間の合う限り母と食べていたし、仕事のある日は昼食を同じ休憩時間の人と過ごしていた。
 けれど、ここへ来てからはずっとひとりだった。

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