冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 再び気まずい雰囲気になってしまった中、一矢さんのスマホの着信音が鳴った。

「すまない。病院からだ」

 さすがに無視できるものではなく、一矢さんが席を外した。
 仕方がないとわかってはいても、今この状態で阿久津さんとふたりにされるのは困ってしまう。明らかにこちらをさぐり、敵意を向けてくるこの人と、一体なにを話せばよいというのか。

「優ちゃんさあ」

「は、はい」

 友人である一矢さんがいないせいか、阿久津さんはさっきまでとは違って、幾分冷めた声音で話しかけてくる。

「なんで結婚を受け入れたの?」

「そ、それは……断れませんでしたから」

 そもそも、正信は決定事項として告げてきたのだ。断るなどという選択肢はなかった。

「一矢はね、大きな病院の跡取り息子で、あの容姿だろ? 俺らの間では、結婚したい男の筆頭のような存在なんだ。あいつ、これまで何不自由なく生きてきて、今の地位があるように見えるだろ?」

 そんなふうに考えたことすらなかったが、たしかにそう言われればその通りなのかもと思ってしまう。
 でも、本当のところなんてなにもわからないのだから、肯定も否定もしないような曖昧な笑みを浮かべて聞き流した。

「でも、一矢は人一倍大変な思いをしてきていると思う。いや、苦しんできたって言う方が正しいかな。だからこそ、あいつには幸せになってもらいたいんだ」

 私が結婚相手では認められない。私では、彼を幸せにできない。そうはっきり宣言されているのだろう。
 
 流れるような仕草でコーヒーを飲んだ阿久津さんは、取ってつけたような笑みを浮かべた。

「優ちゃん、コーヒーのおかわりをもらえるかな?」

「は、はい」

 自らはじめた話題を打ち切るような、なんの脈絡もないお願いに慌てて立ち上がった。カップを受け取ろうとしたそのとき、突然阿久津さんに手を握られて、驚きで固まってしまった。


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