冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚～不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます～

「っ……ご、ごめんなさい」

　動転して、なにに対してなのかよくわからない謝罪をしてしまう。そのまま慌てて手を引いた私に、阿久津さんは何事もなかったかのように「はい、お願いね」とカップを渡してきた。

　意味がわからない。それに、異性との交流に慣れていなくて、とにかく気恥ずかしくなってくる。すぐにでもこの場を離れたくて、真っ赤になった顔を見られないように俯きながら、駆け込むようにしてキッチンへ向かった。

　カップをゆすぎながら、思わずさっき握られた手をこするようにして洗い流していると、いつの間にか阿久津さんが真横に立っていた。
　突然のことに、ヒュッと息を呑んだ。少しでも身じろぎすれば腕が振れてしまいそうな距離感に、今度は恥ずかしいというよりも怖いと感じてしまう。
　初対面の異性に、この距離感は絶対におかしい。経験がなくても、それぐらいはわかる。

　さっきから、私に対して負の感情を向けてくる人だ。ここでさらになにか辛らつなことを言われてしまうのだろうかと、恐怖から身を縮こませた。

「ねえ、優ちゃん」

　こういうのを猫なで声というのだろうか？　どこか甘ったるい声でそう呼んだ阿久津さんは、おもむろに私の肩に手を置くと、軽く抱き寄せてきた。なんの前触れもない言動に、ビクリと体が跳ねる。

「一矢なんてやめてさあ、俺にしとかない？」

　この人は一体なにを言っているのだろうか？
　さっきまで、結婚に反対しているようなそぶりを見せていたというのに、どうしてこんなふうに私に近づいてくるのか。

「いい思い、させてあげられると思うよ」

「い、いや。やめてください」

　混乱する中でもとにかくこの距離感はいけないと、必死で阿久津さんの体を押せば、意外にも彼はあっさりと腕を解いて下がってくれた。

「どうして？」

　どうしてもなにもない。なぜこんなことをしてくるのかがわからなくて、恐怖から両腕を自身の体に巻きつけた。阿久津さんの方を見るのですらできなくて、ぎゅっと目を閉じて俯いた。