若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

 寝起きのマツリカを見ることが叶わなかったカナトだったが、シャワーを浴びた直後に使用人控え室の扉を開けたからか、真っ赤な熟れたリンゴのように頬を染める彼女の姿を見ることができた。あの反応からして、彼女は異性のはだかに慣れていないのだろう。なぜか妙なところで安心してしまうカナトである。

 彼女が入浴中に昨晩の出来事を幼い頃からの側近で自分のお目付け役でもある伊瀬に報告したところ、彼はあまり入れ込むなと案の定渋い顔をしていた。だが、彼女がナガタニの死の前の記憶を失っていることを話すと、すこしだけ同情したようで、「クルーズのあいだはおふたりを見守ります」とだけ応えてくれた。彼は父親でさえ匙を投げつつある十五年来の初恋を引きずるカナトを痛ましく思いながらも、自分の意思を尊重してくれている頼もしい部下だ。
 これでもし彼女がキャッスルシーのスパイだったとして、カナトが騙されようものなら、彼をはじめ周りの人間がことごとくマツリカを糾弾するだろう。けしてそうはさせないけれど……

「準備、できました」
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