若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
《2》
朝食を食べ終えたマツリカはなぜかカナトに手を握られていた。そういえば「恋人の練習をする」と言っていたが、いきなりソファの隣に腰かけられて何も言わずに手を握るだけという不可思議な状況を前に、マツリカは硬直する。
「……そんなに緊張しないで。恋人同士なら、人前で手を繋ぐくらい、当たり前のことだろ?」
カナトの手はゴツゴツしていて、指が長くて、爪の形もすらりとしている。もしかしたらピアノか何か鍵盤楽器を嗜んでいるのかもしれない。黒髪黒目の彼が船上のグランドピアノで演奏する姿を想像して、マツリカはため息をつく。悔しいほど似合っている……
マツリカは場違いなことを思いながら、彼にされるがまま、手を握られつづける。
「で、でも」
「マツリカの手はきれいだね。肌の色に、ピンクベージュのマニキュアがよく映えている」
「カナトさまのほうがうつくしいです。ピアノでもなさっているのですか?」
「敬語はやめてくれ。カナトでいいと言っただろう?」
「あ、はい……カナトの手、力強い男のひとの手だけど、指先は繊細」
「小学校のときまでピアノを習わされたからね。たいした曲は弾けないよ」