若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「でも、弾けるんでしょ?」
「お望みなら船上で貴女だけのピアニストになってあげるよ」
「それは楽しみです」

 豪華客船ハゴロモにもグランドピアノが鎮座しているホールや、乗客なら誰でも気軽に弾くことができるアップライトピアノが設置されたフリースペースがある。カナトが言っているのはフリースペースでの気まぐれな独奏のことだろう。

「マツリカは子どもの頃、どんなことをしていた?」
「あ、あたしはバパ――マレー語でパパのことね――の仕事の関係で生まれたときから八歳くらいまでシンガポールで暮らしていたから、いつも外で遊んでいるような子どもだった。日本人学校にもすこしは通ったけど、よく覚えていないの……だから、ごめんね」
「ごめん、って?」
「カナトもシンガポールの日本人学校で学んでいたことがあるんでしょう? そこで現地法人の航海士の娘であるあたしのことを知っていたから、あたしに声をかけてくれたんだよね? 城崎の娘になったあたしがおかしな復讐をするんじゃないかって」
「どうしてそうなるかな。俺に見初められたとは思わないの?」
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