若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

 ビーチハウスの敷地外に出るなと言われたカナトとマツリカは広大な神殿のような建物内を水着姿のままパタパタと入り込んでいく。観光客でにぎわうゲートを抜け、階段をのぼるとずいぶん静かになるが、ディナータイムだからかテラス席には水着姿の家族連れやカップルの姿が目立っていた。
 レストランを見向きもせず突っ走っていくマツリカを追いかけて、カナトが待ってと声をあげる。

「待って! えっと、りいかちゃん、でいいの?」
「りいかのこと? ほんとのなまえはまつりぃか。ばぱ……お父さんはマリカーって呼ぶ。たしか仏教の国の言葉で……」

 自分のことをマツリカと言えない少女は「りいか」と口にしてカナトを惑わせる。父親の言では「マリカ」が本名なのかもしれない。あとで彼女の父親にきちんと聞いてみよう。仏教の国の言葉というくくりも大雑把すぎてよくわからない。タイなのかインドなのかいやそれより……

「ばぱ……って何語?」
「んと、マレー語。りいか、日本人学校の一年生。英語とマレー語と日本語のお勉強、してるの」
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