若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

 カナトはシンガポールで見初めた少女をほかの誰のものにもしたくなかった。記憶力が抜群の彼は十五年経ったいまも彼女のことを覚えている。あのとき「結婚しよう」と口走ったのは間違いではなかった。たとえ彼女が自分のことを忘れてしまったとしても、探し出せると信じていた。
 だって彼女は恥ずかしそうにうなずいたのだ。

『おとなになってもりいかのことすきでいてくれる? なら、誓って?』

 昼間はつまらないと風景だと思っていたシンガポール海峡のタンカー・ビューの煌びやかなライトを見下ろしながら、幼いふたりは唇をふれあわせるだけの口づけをした。初めてのキスはしょっぱい、海の味がした。

『誓うよ。父の後を引き継いだら、俺は貴女を花嫁に――……』

 いつになるかわからない約束を本気にして、カナトはその日から、彼女を手に入れるための策を練りだした。
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