若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「マツリカ。ハワイでとっておきの場所を案内できなかったお詫びに、今度こそ素晴らしい場所へ案内するよ」
「そんなにたくさんとっておきの場所があるの?」
「世界はひろいからね……それに」

 とっておきの場所、という単語になぜか胸が高鳴る。いつだったか、誰かに案内してあげた気がする。シンガポールのタンカービュー。日が暮れた夕刻から夜へと空の色が変貌するのと同時に魔法のように一斉に点灯する大量の蛍。それがマツリカの記憶のなかに残っている「とっておきの場所」だ。
 カナトは自分よりもたくさんの「とっておきの場所」を持っているらしい。特別な場所なら秘密にしておきたいものだろうに、どうして彼は簡単にマツリカに暴露しようとするのだろう。
 自分が特別だからだということには気づかないまま、カナトの楽しそうな声を耳にいれて、マツリカは微笑する。

「とっておきの場所を恋人と共有したいと思うのは、当然のことだろ?」
< 173 / 298 >

この作品をシェア

pagetop