若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 ニュージーランドの桜は九月から早咲きのものが咲きはじめ、遅咲きのものが十一月まで楽しめる。日本や台湾と友好都市を結んでいる街も多いため、友好の証として桜の木があちこちに植えられており、花見の文化もあるんだとか。
 薄いピンク色の手鞠のような八重桜のなかには、小さな風鈴がたくさんぶら下がっている木もあった。七夕の短冊のように願い事がかかれた祈りの風鈴がシャラシャラと風に揺られて涼やかな音を鳴らしている。

「マツリカは願い事を書くとしたら、なんて書く?」
「……無事にクルーズが終わりますように」
「終わったら、どうするつもり?」
「どうするも何も、東京で正月休みを過ごしたらすぐにアメリカに戻って仕事よ」
「そうか」
「カナトは?」

 満開の八重桜の祈りの風鈴が鳴る木のしたで、マツリカが立ち止まって首を傾げる。今日の彼女はカナトとハゴロモのショッピングモールで選んだ黒い紗の涼やかなドレスを着ている。桜が咲くなかで見る上品な彼女の姿はまるで黒揚羽のようだ。
 その可憐な蝶々のような愛らしさに、カナトは思わず息をのむ。
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