若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「……このクルーズが終わっても、マツリカが俺の傍で笑ってくれますように」
「無理よ」
「無理なものか」

 即答する憎らしいマツリカの顎を掬い、カナトは当然のように唇を奪う。彼女は拒まなかった。
 風に散らされた桜の花びらが、ふたりのうえをひらひらと舞っている。

「ああ。このまま時間が止まってしまえばいいのに」

 それは、どちらが先に口にした言葉だろう。
 いや、違う。

「誰だ」

 カナトの険しい声が飛ぶ。
 マツリカの身体をきつく抱きしめながらの問いかけに、流暢な英語が届く。

「ごめんね。ふたりの世界を邪魔しちゃって」
「カナトさま申し訳ございません」
「浩宇くんのお父さんと、尾田さん……?」

 恰幅のよい男性とひょろりとした男が桜の木のあいだから顔を出す。それはどちらもカナトとマツリカが知る人間のものだった。マツリカになついている王浩宇の父と、カナトの護衛のひとりである尾田だ。
 なぜふたりが? とカナトに顔を向ければ彼もマツリカ同様わけがわからないと困惑した表情を浮かべている。

「先日は世話になったね。マツリカ・キザキ」
「いえ、こちらこそ。今日は浩宇くんは?」
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