若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 そういえばカナトの護衛についている瀬尾と尾田はカナトの父親が彼につけたと言っていたが、手のものとはどういうことだろう。マツリカの驚く表情を面白がるように、王氏が伝える。

「もともと尾田はわたしが拾ってきた男だ。ときどきよけいなことを口にするところもあるが、基本的に優秀だろう?」
「基本的に、ですね……」

 どうやら「このまま時間が止まってしまえばいいのに」という発言は尾田の失言だったようだ。
 ふたりを遠くから見守ってきた彼のひとことに、マツリカとカナトは顔を見合わせ苦笑する。
 うっかりふたりの気持ちを言い当ててしまった尾田は恥ずかしそうにうなだれている。

「でも新鮮だな。正路さんは息子が初恋を拗らせすぎてまともな女性とつきあおうとしないって心配していたけど、杞憂だったってわけか」

 王氏の言葉にマツリカはあたまを殴られたような衝撃を受ける。ここでもまた、初恋の女性の影がマツリカを襲う。カナトには誰もが知っている初恋の女性がいるのだ。クルーズのあいだだけ恋人のふりをつづけている自分なんかより、ずっと大切な女性が。
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