若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「彼女はライバル企業キャッスルシーの元社長令嬢で現社長の義姉でもあるんです。スパイの疑惑があるという噂も払拭されておりません。いまはカナトさまの気まぐれで見初められた新人コンシェルジュということで周囲は渋々受け入れている感じですが、彼女がカナトさまの妻の座についたら、なんと言われるか」
「……伊瀬は反対しているのか?」
「いいえ、心配しているだけです」

 ニュージーランド南島のミルフォードサウンドの絶景を眺められるフィヨルドクルージングを経て、豪華客船ハゴロモはタスマン海へ乗り出した。船はこのままオーストラリアへ向かい、シドニー、メルボルン、パースなどの主要都市を訪れることになっている。カナトの「とっておきの場所」はまだたくさんある。この旅程でどれだけ彼女に紹介できるだろうか。
 それなのに、幼い頃からカナトを知るこの男は、水を差すような言動をいまになってとりはじめる。

「ナガタニの死に疑問を持っている彼女が素直にカナトさまと添い遂げる未来が見えないだけです」
「――何か知っているのか? あのとき、俺とマツリカを差し置いて仕事のはなしがしたいと彼とふたりで姿を消したお前は……」
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