若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「よく覚えてらっしゃる。さすがカナトさま。記憶力だけは無駄にある」
くくく、と嗤う伊瀬はカナトの射殺すような視線を前にしても動じることなく言葉を紡ぐ。
「シンガポールの現地法人で一等航海士として働いていたナガタニは、親元である鳥海の――彼方の父上のやり方に口を挟んできたんですよ。理路整然とした若者の指摘に激昂した正路さまはその年の冬に航海するケミカルタンカーの乗船者として彼を指名し、法人の上層部は急遽彼をメンバーに追加することになったのです。その件でわたくしは彼から形式上の抗議を受けていたのです。ひとまず納得はしていただけましたけど」
「……待て。それでは事故当時、彼の名前がなかったのは」
「法人側のミスでしょうね」
つまりそもそも乗る予定のなかったケミカルタンカーに乗せられたナガタニは、乗船者名簿に名前を登録することを忘れたまま事故に遭遇、遺体があがるまで認知されることもなかったということだ。事情を知る人間がずっと傍にいたというのに気づけなかったカナトは愕然とする。
「なぜ教えてくれなかった!?」
くくく、と嗤う伊瀬はカナトの射殺すような視線を前にしても動じることなく言葉を紡ぐ。
「シンガポールの現地法人で一等航海士として働いていたナガタニは、親元である鳥海の――彼方の父上のやり方に口を挟んできたんですよ。理路整然とした若者の指摘に激昂した正路さまはその年の冬に航海するケミカルタンカーの乗船者として彼を指名し、法人の上層部は急遽彼をメンバーに追加することになったのです。その件でわたくしは彼から形式上の抗議を受けていたのです。ひとまず納得はしていただけましたけど」
「……待て。それでは事故当時、彼の名前がなかったのは」
「法人側のミスでしょうね」
つまりそもそも乗る予定のなかったケミカルタンカーに乗せられたナガタニは、乗船者名簿に名前を登録することを忘れたまま事故に遭遇、遺体があがるまで認知されることもなかったということだ。事情を知る人間がずっと傍にいたというのに気づけなかったカナトは愕然とする。
「なぜ教えてくれなかった!?」