若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「わたくしが彼女にお伝えしたところで納得していただける自信がありませんでしたので。それに、カナトさまの父上が彼を死地へ追いやったことは事実です。それなのに彼は運悪く荒天で事故を起こした船舶の被害を最小限に抑え込んだ……そのうえ流出した油を最小限に食い止められたのはナガタニのおかげだという証言すらあります。ゆえに、彼の奥方に渡された金は口止め料でもありました」

 鳥海の失態を隠した彼のことを知った奥方が鳥海海運というおおきな組織に不信感を抱いたのは自然なことだと伊瀬はため息をつく。マツリカの母がその金を持ってキャッスルシーの創設者である城崎清一郎の後妻になったのは事故から二年後の春だ。

「キザキとナガタニは海洋大学の先輩後輩の間柄です。事故後にキザキの方から残されたナガタニの妻子へ連絡が来たものと考えられます」
「そこまで調べはついていたのか」
「ええ。とっくに」

 だとしたら自分はなんて間抜けなのだろう。十五年前からずっと求めていた彼女をようやく見つけて傍に置くことができたというのに、そのことを知っているお目付け役の男はずっとそのことを隠していたのだから。
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