若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

「わ……! ここが船のうえだなんて信じられない」
「さすがハゴロモだな」

 カナトに連れられてバルコニーから外階段をのぼったマツリカは、船上の巨大プールを前に歓声をあげる。泳ぐことは嫌いじゃない。小さい頃は毎日のように海で泳いで過ごしていたから……けれど、海で泳いだ記憶はどこかちぐはぐしていて、完全には思い出せない。
 おそるおそるプールサイドに腰かけて、マツリカは足をいれる。ゆうらりと水面が波立つ。そのまま腰を落とせばちゃぷん、と小さな水音が周囲に響く。カナトはその様子をどこか楽しそうに見つめている。

「冷たっ……」
「水のなかに入った気分はどうかな? 俺の人魚姫」
「人魚なんかじゃないよ、あたし……っ」

 ――あれ、なんだかこんなやりとり、ずいぶんむかしに誰かとしたような……?

「十五年前。俺がはじめて貴女を見つけたとき……貴女は楽しそうにシンガポールの海で泳いでいた。まるで人魚のように」

 困惑するマツリカを追い詰めるように、カナトの声が内耳に届く。
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