若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 いつの間にか彼もプールのなかに身体を沈めて、マツリカの近くまで泳いできた。人魚のようだと言っているカナトの方がフォームが綺麗だと感じたマツリカだが、彼はマツリカのことを「俺の人魚姫」なんて呼ぶ。
 上半身はだかの彼の姿を見たのは、専属のコンシェルジュとして傍で生活するようになった日以来だ。船のなかでも時間があればジムで汗を流していることもあり、彼の肉体はほどよく引き締まっている。海上で長期の任務に赴いていた経験もあるから、体力には自信があるのだろう。プールの水滴を弾く胸板を前に、マツリカは赤面する。

「カナト」
「青い瞳の人魚に俺は魅入られた……覗き込みたいと思った」

 両肩を抱かれて、そのまま漆黒の双眸に見つめられたマツリカは、思わず瞳をとじてしまう。
 カナトがマツリカの顎に手をかけ、そのまま唇を重ねていく。

「ン――……?」
「気がついた? 船のなかでは水は貴重だから、プールの水は汲み上げた海水を循環させて利用しているんだよ」
「だからほんのりしょっぱいのね」
「塩辛いキスは嫌い?」
< 212 / 298 >

この作品をシェア

pagetop