若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「うん、海運業界に身を置く人間の宿命だな。母は身体が弱いから父についていけなくて、単身赴任状態だったよ……母はいまも東京にいる」
「じゃあ、このクルーズが終わったらカナトはお母さんに逢いに行くのね」
「ああ」

 ふいに、淋しそうな表情を見せるカナトに、マツリカは瞳をしばたかせる。

「カナト?」
「――俺の初恋を彼女は愚かだと言い切って、夢など諦めて早く結婚しろと顔を合わせる都度文句を言うんだ。俺は、ようやく初恋に手が届くところまで来たのに」
「あ……」

 シートベルトをしているから、身体は動かせないけれど、隣同士で座っているふたりの距離はとても近い。カナトがマツリカの方へ腕を伸ばし、彼女の手をとり、忠誠を誓うように手の甲へキスをする。
 唇がふれた場所から、じんわりと熱が走る。飛行機のなかで落ち着かない気持ちに陥るマツリカを追い詰めるように、彼の指が彼女の手のひらを撫でさする。手を撫でられているだけなのに淫らな気分になってしまうのはなぜだろう。窓の向こうから見えるピンク・レイクの鮮やかな色彩が、非現実的で、まるで夢の世界にいるかのよう。
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