若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

 ピンク・レイクの観光を終えた後、ハゴロモに戻ったマツリカはカナトから逃げるように使用人控え室へ入ってしまった。ちょうど月の障りに入ったからしばらくはおあずけだよという余計な捨て台詞と一緒に。
 ひとり取り残されたカナトは、はぁ、とため息をつきながらクローゼットをひらき、貴重品をしまい込んでいる小型ロッカーの鍵をまわす。カチャカチャという耳障りな音が室内に響き渡ったが、マツリカが戻ってくる気配はない。

 ――次の寄港地になるバリ島で、真実をはなしてこれを渡そう。

 南太平洋クリスマスクルーズのメインとなっている紺碧の海原を楽しめるインド洋でのクルージングを経て、豪華客船ハゴロモはインドネシアのバリ島へ到着する。到着予定日はクリスマス・イブ前日。その日は知り合いのヴィラを借りて、外泊の計画を立てている。
 マツリカに本気のプロポーズをするために。
< 230 / 298 >

この作品をシェア

pagetop