若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 マツリカの複雑な生い立ちを知る会社はそのことも込みで採用してくれたが、陸上職から海上職へ変更を余儀なくされたことだけが不満だ。

 ――それでも半年頑張ってるもんね。戦う場所が陸だろうが海だろうが、バパに近づくためだもの。そしていつか……

 船を降りたときから感じていたが、ずいぶん風が冷たくなってきた。十月のニューヨークは近づくハロウィンを前にどこかウキウキしているように見える。このままクリスマスシーズンに入れば、クルーズもまた多くの観光客で賑わいを見せることだろう。そのときも自分は仕事で船の上にいるのだろう。リアルが充実して爆発している恋人たちにロマンティックなシチュエーションを提供する側にいる自分は当然のことながら仕事に追われてクリスマスクルージングを楽しむ余裕もない。
 そもそも一緒にクリスマスを過ごす相手もいないのだ。城崎祭花、二十三歳、恋人ナシ。悲しいかな、恋愛経験だってゼロに等しい数値を叩き出しつづけている。

 ――いいもん、あたしのいまの恋人は仕事なんだから。本社からまた珍妙な決定を知らされても、驚いたりしないんだから!
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